
犬の問題行動にはさまざまなものがあり、なかには裁判に発展するケースもあります。
「うちの子には問題行動なんてないから、しつけは必要ない」と考える方もいますが、それは誤解です。なぜなら、しつけとは“問題行動を直すため”というより、“問題を未然に防ぐ目的”が大きいからです。今問題が起きなくても、適切な飼育が出来ていないと、後々問題行動に発展します。
この記事では、犬の問題行動の定義と、しつけの本当の目的について解説します。
問題行動とは?その定義と背景
問題行動というとどのような行動を想像されるでしょうか?ご相談で多いのは、トイレの失敗、吠え、噛みつき、家具の破壊、拾い食い、散歩中の引っ張りなどの問題行動です。しかし、問題となる行動は感じる人の価値観や環境によって変化することがあります。
私たちが考える「問題行動」の定義
私たち家庭犬インストラクターは問題行動を「飼い主や近所の人などが容認できない行動、動物自身または飼い主を含む人間や財産を傷つける行動のいずれか」と定義しています。つまり誰か一人でも問題であると感じている人がいれば問題行動と見なせるということです。逆に誰も迷惑と感じていないのであれば、問題行動とはいえません。同じ行動であっても、周囲の人がどう感じるかで問題行動といえるかが変わるのです。
同じ行動でも“環境”によって問題かどうかが変わる
例えば「吠え」も、田舎の閑散とした地域と、住宅が密集している地域では問題行動と見做される確率が違います。前者では家同士の距離が長いため、犬が吠えても隣の家に住む人には聞こえないこともあります。この場合は、飼い主さんさえ我慢できれば問題行動とはいえません。しかし後者の場合、特に集合住宅にお住まいのケースでは隣や上下の階に犬の声が響きやすく、問題行動と見なされるリスクは高まります。
たとえ飼い主さんが気にならなくても、近所の人やお散歩中にすれ違う人が許容できない行動であれば、それは立派な「問題行動」といえるでしょう。
しつけの目的と見落としがちな項目
しつけと聞くと「オスワリ」や「マテ」などの訓練を思い浮かべるのではないでしょうか?中には犬を叱りつけたり怒鳴ったりすることを思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、私たち家庭犬インストラクターが定義する「しつけ」は、全く別物です。
トレーナーが定義する「しつけ」とは
私たち家庭犬のトレーナーは問題行動の改善や予防のために実施するものを「しつけ」と定義しています。例えば、先ほど例に挙げた「マテ」も脱走という問題行動防止の目的で実施するのであれば、しつけであるといえます。逆に単なる芸として教えるのであれば「しつけ」とはいえないでしょう。
また、しつけとは犬の行動を変えるトレーニングだけではありません。むしろ犬の行動を変えるのはしつけのほんの一部です。問題行動がおきないよう、飼育環境を整えたり、適切に遊んでストレスを発散させてあげることもしつけの一環です。また、犬に無駄なストレスを与えないよう適切な接し方を心がけることも、しつけであると考えます。しつけとは犬が問題行動を起こさないために飼い主が実施する全てのことを指すのです。
叱るより「起きない環境」を作る
とくに子犬のころは、過剰な咆哮や散歩中の引っ張り、トイレの失敗など、様々な問題行動に悩まされるでしょう。トレーナーとして活動していると、「問題が発生したときに何をすればよいか」と聞かれることが多々あります。しかし、問題発生時の対処法よりも大切なことがあります。
それは、日頃どんな環境でどんな毎日を送ればよいかを考えることです。適切なタイミングで褒めたり、意識を誘導する(気をひく)のも大切ですが、それは環境や生活習慣に問題がないことが大前提です。犬のしつけを始める際、真っ先に意識して欲しいのが飼育環境と生活習慣なのです。
たとえば、「寝床の位置を静かな場所に移す」「散歩前に5分だけ集中して遊んであげる」といった小さな工夫でも、吠えや散歩中の引っ張りといった問題行動を抑制する効果があります。
これは難しいテクニックが不要で、知識さえあれば誰でも実践できる内容であり、費用対効果も非常に高い取り組みだと考えています。しかし、この適切な飼育環境という項目は、多くの飼い主さんが重要性を見落としているのが現状です。簡単で効果的なのに実践されにくいのは、もったいないことだと感じます。
問題行動の根本原因は行動の発生時ではなく、日々の飼育環境や生活習慣の中にあることが少なくありません。ぜひ問題行動の改善や予防のための「しつけ」だと思って今一度、飼育環境や生活習慣を見直してみませんか?
※適切な環境設定についてはこちら(執筆中)
飼い主の責任と社会的意識
先ほど、誰も問題と感じていないのであれば、問題行動とは見なせないと書きましたが、高確率でトラブルに発展する行動はいくつかあります。吠えや噛みつき、散歩中の引っ張りなどがそれに該当します。そういった行動は「文句を言われたことがないから大丈夫」と放置するのではなく、「迷惑に感じている人がいるに違いない」と考え適切に対処したいものです。
「犬は吠える生き物だから仕方がない」と、飼い犬の咆哮を放置する方もおられます。しかし犬が吠えてしまうことは仕方がなくても、飼い主が放置することは仕方がないことではありません。犬たちが人間社会のルールを理解できない分、飼い主が適切に犬の行動を管理する責任があるのです。
※トラブルに発展しやすい犬の行動・飼い主の行動についてはこちら(執筆中)
法的責任
裁判沙汰になった場合、飼い主が敗訴するケースは非常に多く、数千万円規模の賠償命令が出ることもあります。
裁判事例を見てみると、犬が相手に接触していなくても、「驚かせた」ことによる転倒事故などで責任を問われた事例もあります。弁護士先生による裁判事例解説書で、数十件の裁判事例に目を通しましたが、飼い主の責任が全面的に否定されたのは1件だけでした(参考:『ペットの判例ガイドブック』)。
日本の法律が動物の管理者にとても厳しいことがうかがえます。
まとめ
しつけの目的と問題行動について、少しでもイメージして頂けたでしょうか?問題行動は発生してから対処するのではなく、予防する方が簡単です。そして、問題行動予防の第一歩は適切な飼育環境と生活習慣です。犬の行動を変えるばかりではなく、ぜひ日々の環境や習慣を見直すことを「しつけの第一歩」として、今日から意識してみてください。
参考文献
浅野明子(2016)『ペット判例集』大成出版社
渋谷寛・杉村亜紀子(2018)『ペットの判例ガイドブック ―事件・事故、取引等のトラブルから刑事事件まで―』 民事法研究会
中村友彦(OSAKAベーシック法律事務所) 「自転車を運転しながら犬を散歩|弁護士による大阪交通事故相談ネット (o-basic-kotsujiko.net) (2025年7月15日閲覧)
川崎市ホームページ「公園で犬などのペットを放していいですか|よくある質問(FAQ)」(2025年7月15日閲覧)