近年のドッグトレーニングは褒めることが主体です。なぜなら、その方が犬との信頼関係を築きやすく、問題行動に発展するリスクが圧倒的に少ないからです。では、どんなときでも罰を使ってはいけないのでしょうか?いいえ、そんなことはありません。
罰を使っても構わない例外的ケースがあります。それは次の2点です。
- 罰を使わない方法を全て試したけれど効果がない場合
- 危機的状況を回避するため
①は言葉通りです。疾患の改善、環境の改善、習慣の改善、問題行動と同時に出来ない行動を教える(非両立行動分化強化)など、罰を使わない手法を全て試したけれど効果がないのであれば、罰を使うしかありません。とはいえ、このケースはそれほど多くはないのが現状です。問題は②です。これはトレーナーであっても飼主さんに説明できていない人が少なくありません。
犬の問題行動予防と危機的状況対処の違い
犬の問題行動対処を語る上では、予防(リスクコントロール)と危機的状況対処(クライシスコントロール)を分けて考えなくてはなりません。
犬のしつけは問題行動予防
私たちが日頃指導することが多い褒めるしつけは、問題行動予防(再発防止も含む)です。例えば、散歩中に拾い食いをしないように意識をハンドラーに向ける練習をしたり、「Leave it」の練習をするなどです。
問題が発生してから対処するのではなく事前に予防する、あるいは再発防止のためにトレーニングするのが、犬のしつけです。この場合は、極力罰を使わないでトレーニングすることが求められます。
例えば、犬が拾い食いしようとしたとき無理矢理奪い取ると、守ろうとする気持ちが強くなるので良くないという話を聞いたことはありませんか?これはトレーニングする上では正しい考え方です。無理矢理奪い取るのではなく、自分から放すように仕向けた方が、再発防止につながります。
危機的状況対処
危機的状況とは、犬や飼い主を含む人間の身体生命などが危険にさらされ、通常のハンドリングでは避けられない状況を指します。
仮に、もしあなたのワンちゃんが釘やビス、たばこの吸い殻など有害な物を拾い食いしそうになったらどうしますか?
当然、無理矢理取り上げますよね?これが、危機的状況対処です。目的はしつけではありません。「無理矢理奪い取るのはよくない」と悠長に構えていたら、ワンちゃんの命が危険にさらされます。命に関わるような危機的状況では、トレーニング効果など度外視でOKなのです。万が一ワンちゃんが死亡してしまったら、トレーニング効果など無意味なのですから。
これは、危険にさらされているのがワンちゃんではなく、人であったとしても同じです。あなたのワンちゃんがお散歩中におばあちゃんに飛び付こうとしたら、罰を使ってでも止めてください。万が一、おばあちゃんが転倒し頭を打って亡くなったら、飼い主であるあなたが全責任を負わなければなりません。
これが「危機的状況対処」です。危機的状況では、「罰を使うのはよくない」などといっている場合ではないのです。トレーニング効果など無視してでも、守るべきものがあるでしょう。
それぞれの効果
誤解しないで欲しいのですが、危機的状況対処の目的は「誰かの生命や身体を守ること」であり、犬のトレーニングではありません。したがって、危機的状況が解消されたあとで、再発防止トレーニングを別個で実施する必要があります。その際は、罰を使わず、褒めるトレーニングを実施してください。
問題行動対処は「再発防止」が目的なのか「危機的状況対処」が目的なのかで、とるべき対応が異なるのです。
そして、これらはどちらも大切です。予防だけで全ての問題行動が回避できるわけではありませんし、危機的状況対処をしただけでは再発防止にはつながりません。片方だけ出来ていればよいのではなく、しっかりと問題行動予防のしつけを行った上で、危機的状況にも対応していかなければならないのです。
再発防止のしつけと危機的状況対処、どちらが優先か
ワンちゃん本人を含め、誰かが危険にさらされている状況であれば、優先すべきは「危機的状況対処」です。危険かどうか分からない場合は、危機的状況対処を優先しましょう。
散歩中にワンちゃんが拾い食いをした場合を考えてみます。何を咥えたのか分からない場合は、万一に備え、危機的状況対処を実行してください。仮に枯れ葉や小石など、飲み込んでも無害な物であることが明らかな場合は、再発防止のためのしつけを優先するとよいでしょう。
目的 | 対応 | |
犬のしつけ | 問題行動予防・再発防止 | 正の強化・褒める |
危機的状況対処 | 生命身体などを守る | 使える物は何でも |
まとめ
問題行動の対処では、「予防(リスクコントロール)」と「危機的状況対処(クライシスコントロール)」を明確に分けて考えることが重要です。日常のしつけでは褒めるトレーニングを中心に行い、問題が起きる前に予防することが理想です。
しかし、命や安全に関わる危機的な場面では、トレーニング効果よりも「守ること」を最優先しなければなりません。危機を回避したあとは、改めて再発防止のトレーニングを行う。この2つを正しく使い分けることで、犬と人の安全・信頼関係を両立させることができます。