体罰によるしつけの効果と思考の錯覚

現在でもたまに暴力的なトレーナーや訓練士がテレビで取り上げられることがあります。このページをご覧の皆さんの中にも

  • 体罰に効果があることもあるんじゃないの?
  • 実際テレビで見たケースでは体罰の後、犬がいい子になったよ
  • 褒めちぎらないとダメなの?



と思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

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体罰と叱るの違いについて

まず、明確にしなくてはいけないことがあります。それは「体罰」と「叱る」ことは別だということ。私も、犬の行動を止めさせるために、大声で叱ったり大きな音で犬の行動を止めることはあります。叱ることはしつけを行う上で必要であり、これを禁止することは非現実的であると言えます。ただし、叱るタイミングや刺激の強さ、叱る長さなどがとても重要で、刺激が強すぎたり弱すぎたり、タイミングが遅すぎたりすると効果がないか、逆効果になることもあります。このページで言及しているのは「体罰」の方です。すなわち叩いたり蹴ったり電気ショックを与えるといったやり方。これらは、動物愛護の問題や倫理のだけでなく問題行動を悪化させたり、別の問題行動を引き起こしかねません。もし、少しでも体罰に効果があると思っているのであれば、是非最後までご覧ください。

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体罰は犯罪です

断言しますが、体罰はNGです。自分自身を含む人や他の犬が襲われそうになった場合、つまり「正当防衛」「緊急避難」を除けば、いかなる場合も暴力は犯罪です。相手が人間であれば暴行罪、動物であれば動物愛護法(動物の愛護および管理に関する法律)違反に当たります。犬を叩いてしつけるなど論外です。ところが、攻撃的な犬を叩いて大人しくさせるのを見ると効果があると思ってしまう人が大勢います。
これはただ萎縮しているだけで、攻撃的な性格が治ったわけではありません。当然、根本的な部分は解決できていないので、すぐ元に戻ります。また、行動しか見ていない人もいますが、行動には必ず「動機付け」が存在し、動機付けをなくすことができなければ、行動改善とは言えないのです。

例えば、不安傾向から過剰に吠える犬がいたとしましょう。そしてこれを、体罰で矯正したとします。この場合行、動は変わっても犬が不安な感情を抱えていることに変わりはありません。今までは、吠えることである程度発散できていましたが、体罰を与えられた(叱られた)ことでそれもできなくなってしまいました。つまり「不安はあるのに解消できない」という状況に追い込まれてしまっているわけです。この状態はストレスが過剰に溜まりやすく、他の問題行動に発展しかねません。常に不安を抱えていて解消できないのですから、イライラするのはお分かり頂けると思います。そのイライラが溜まり、限界に達すると、噛みつき等の攻撃行動として現れることもあるでしょう。これでは問題解決とは言えません。別の問題に置き換えているだけです。暴力的なトレーニング方法を効果的だと信じて疑わない人は、圧倒的に観察眼が欠如しています。「犬が萎縮しているのを見て大人しくなった」、「犬が緊張のあまり立ちすくんでいるのを見ていい子になった」など、表面だけを見て自分に都合のいい解釈をしているだけです。大切なのは犬のボディーランゲージやストレスサインを読み取ること。一見大人しくなっているように見えても、緊張のあまり硬直しているということは多々あります。読み違えると、大変なことになってしまいますよ。

吠えるのを止めさせたいのであれば、「なぜ吠えるのか」を考えなくてはなりません。原因の究明は問題解決への第一歩です。行動には「動機付け」が存在します。問題行動を止めさせたいのであれば、この「動機付け」を除去することを第一に考える必要があるのです。


さて、原因の究明が重要であることはすでにお話ししたとおりですが、ものごとの因果関係を正しく認識できている人は意外と少ないです。問題行動の原因はもちろん、しつけ方法と犬の行動変容の関係も同じです。 これだけ科学が発展し暴力的なしつけがNGであると学術的に証明されているのに、今でも暴力的なしつけを推奨する人がいるのは、しつけの方法と効果を錯覚することがあるからです。

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認知バイアス

二つのことが連続して起こると私たちは、「Aの後にBが起こったのだからAとBには関係がある」と考えます。例えば、「古くなった刺身を食べておなかが痛くなった」ならば腹痛の原因は「古い刺身を食べたことだ」と判断します。
この考え方は、犬でも同じです。飼い主の指示通り行動したら、ドッグフードがもらえた。フードがもらえたのは、飼い主の指示に従ったからだ。

た・だ・し……この関係性が成立するには、一つの前提条件が必要です。その条件を満たしていなければ、「フード」と「飼い主の指示に従ったこと」には何の関係もありません。さて、その前提条件とは何でしょうか?

それは「もし、飼い主の指示通りに行動していなかったら、フードはもらえなかった」という条件です。もし、飼い主の指示を無視してもフードがもらえていたのであれば、フードがもらえた原因は、飼い主の指示に従ったことではありません。

刺身の例でも同じことが言えます。刺身を食べた後おなかが痛くなったとしても、刺身を食べた10人中、おなかが痛くなったのが1人だけだったら、原因は他にあると考えられます。逆に刺身を食べた10人全員が腹痛を訴え、食べなかった人たちは腹痛にならなかったのであれば、腹痛の原因は「古い刺身を食べたこと」と判断できます。

ものごとの因果関係を正しく把握するためには、原因と思われる要素がある場合とない場合の両方を確認する必要があります。古い刺身が原因であると仮定するならば、古い刺身を食べた人の腹痛発生割合、食べなかった人たちの腹痛発生割合、この二つに差がなければ、つまり下の表でいう(A/A+B)-(C/C+D)が0以上でなければ刺身と腹痛は無関係ということです。


仮に20人のうち10人が古い刺身を食べたとします。その結果が下の表の通りだった場合、


ケース1

この場合、(10/10+0)-(10/10+0)=1-1=0となるので、刺身と腹痛は関係ありません。


ケース2

この場合(10/10+0)-(0/10+0)=1-0=1となるので、刺身が腹痛の原因である確率は高いです。但しこれでもまだ確実とは言えません。これについては、他のページで解説します。


ケース3

この場合(5/5+5)-(5/5+5)=1/2-1/2=0となるので、刺身と腹痛は関係ありません。



ポジティブフィードバック

このようにものごとの因果関係を把握するためには、先に示した4分割表のA、B、C、D全ての数値を考慮する必要があります。 ここで、別の例を出しましょう。一時期、血液型性格判断というものが流行りましたが、あれも科学的に否定されています。にもかかわらず、信じている人が一定数いるのは錯覚によるものです。例えば、「A型の人は几帳面だ」というのは本当でしょうか?A型と几帳面さの関係を把握するためには以下の全てを把握する必要があります。 A型で几帳面な人 A型で几帳面でない人 A型以外で几帳面な人 A型以外で几帳面でない人。 つまり、A型で几帳面な人の割合とA型以外で几帳面な人の割合を比較して差がなければ、A型と几帳面さは関係がないということになります。

しかし、一度A型は几帳面だという迷信を信じてしまうとこのような冷静な判断はできません。A型で几帳面な人を見るたびに「やっぱりA型は几帳面だね」となります。A型でズボラな人もいますし、O型で几帳面もいます。そのような反証には注意を向けず、自分の考えを肯定してくれる情報ばかりに意識がいってしまいことで迷信が強められます。この一連の流れのことをポジティブフィードバックといいます。このポジティブフィードバックは、人種差別や人種偏見を強めることも多々あります。「一度○○人は無愛想だ」とか、「○○人は平気で犯罪行為を行う」などというイメージを抱いてしまうと、ポジティブフィードバックに陥ってより強いイメージを抱き、それが偏見や差別につながるからです。

練習問題

では、ここで問題を出します。ここで、「結論」と書かれていることは間違いです。なぜ間違っているのか具体的に指摘してみてください。

都内で事故車の前照灯の向きを調べたところ、95%の車が、ロービームで走行していたことが判明した。事故車のハイビーム割合は5%足らずであった。
結論:ロービームでの走行は危険であり、ハイビーム走行は事故リスクを下げることができる。

反論

では (A/A+B)-(C/C+D)=0なら、絶対に因果関係はないのでしょうか?
逆に(A/A+B)-(C/C+D)=1 なら確実に因果関係があるのでしょうか?

実はそうではありません。(A/A+B)-(C/C+D)=0の場合でも、AとCがそれぞれ別の原因で結果が生じているということもあり得ます。刺身の例でいうと、Aは刺身で腹痛を訴え、Cは別の原因で腹痛になった、という確率もゼロではありません。これは、実験や測定を繰り返し行い、データの絶対数を増やすことで対応できます。

もっと重要なのはもう一つの方。仮に(A/A+B)-(C/C+D)に明確な差があったとしても、因果関係があるとまでは言えません。ここから言えるのは「相関関係があるであろう」ということだけです。因果関係と相関関係は別物です。ここには、「共通の原因」や「同時発生の要因」というやっかいな要素が絡んでいます。
「共通の原因」とは、「相関する二つの事象は因果関係にはなく、第3の共通の要素によってもたらされた結果である」というものです。例えば、「アイスクリームの売り上げが増えると溺死事故が増加する」というもの。これは、猛暑であることが、海やプールといった水の遊び増加とアイスクリームの売り上げ増加という2つの結果を生み出しているに過ぎないわけです。原因は猛暑、それにより「アイスの売上増」と「溺死の増加」という2つの結果が生じています。この2つは相関関係であり因果関係ではないことはお分かり頂けるでしょう。
同時発生の原因については別のページで詳しく解説します。

まとめ

犬のボディランゲージについて、ストレスサイン、ポジティブフィードバックについてお話ししましたが、いかがでしょうか。体罰を用いたしつけに効果があると思い込んでしまうと、効果があった(実際になくてもそう見える)ケースにばかり目がいってしまい、問題が悪化したケースを軽視してしまう傾向があります。
体罰に効果があると感じている方は、まず犬のボディーランゲージやストレスサインを読み取るスキルを身につけること。そして、ポジティブフィードバックに陥らないように、冷静に4分割表で考えてみましょう。

参考文献

菊池聡編著(2014)『錯覚の科学』NHK出版
中室牧子・津川友介著(2017)『「原因と結果」の経済学』ダイヤモンド社
奥田順之著(2020)『”動物の精神科医”が教える犬の咬みグセ解決塾』株式会社ワニブックス
高見真也 田中克己(2006)「ブログコミュニティ分析による因果関係事象の抽出」『電子情報通信学会技術研究報告』信学技報 106(149) p.221~226

 

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