「しつけ」と聞くと多くの方が、「ワンちゃんがイタズラしたときに叱る」、もしくは「適切な行動をとったときに褒める」ということを想像されるでしょう。人によっては「おすわり」や「まて」、「呼び戻し」などの行動トレーニングを思い浮かべるかもしれません。しかし、行動トレーニングは犬の基本的な欲求が満たされていることが大前提です。
「興奮して言うことを聞かない」「急に吠えるようになった」「噛みついてくる」——そんな悩みの原因は、トレーニング不足や対応の仕方ではなく、”満たされない欲求”かもしれません。
まずは、犬の基本的な欲求を知ることがしつけの第一歩です。この記事では、見落としがちな犬の基本的欲求2選をご紹介します。
日常的なストレスと問題行動
日常的にストレスがたまっていると、確実に問題行動の原因になります。毎日のストレス管理なくして犬のしつけは語れません。
特に、噛みつきなどの攻撃行動や破壊行動、無駄吠えや過剰な興奮が突然始まった場合は、欲求不満か身体的問題(※)が原因であることが多いです。
常に欲求不満でストレスを抱えていれば、問題行動に発展するのも想像に難くないでしょう。ストレスがたまった状態ではイライラして吠えやすくなります。散歩中の引っ張りも強くなるかもしれません。散歩中に引っ張ったり、他の犬に吠える原因が、日々の習慣や自宅の環境にあることも少なくないのです。
不適切な生活習慣や飼育環境によるストレスが原因で問題行動が発生している場合は、どんなに行動トレーニングを実施しても効果はありません。

※問題行動の中には身体的要因によるものもあります。トレーナーだけではなく、獣医師に相談することも大切です。
問題行動と身体的問題の関係についてはこちら(執筆中)
見落としがちな2つの基本的欲求 「安全安心の欲求」と「行動欲求」
犬の欲求には大きく分けて生理的欲求と安全安心欲求、および行動欲求があります。生理的欲求は、皆さんよくご存知の食欲や睡眠欲求です。ここを理解していない方はほとんどいないので説明は割愛します。
見落とされがちなのが「安全・安心の欲求」と「行動欲求」です。特に行動欲求に関しては疎かになりがちなので、日頃から意識するようにしましょう。
①犬が安心できる環境づくり|「安全安心の欲求」と問題行動の関係
安全安心というと、「怪我がないように犬の行動を管理すれば良い」とお考えかもしれませんが、それだけでは不十分です。ワンちゃんが常に不安や恐怖を抱えていれば、心身のバランスを崩し、問題行動につながるおそれがあります。まずはストレスの少ない環境と生活習慣を整えてあげましょう。
犬達が安全安心と感じるには、自分の生命や縄張りが脅かされないこと、誰にも邪魔されずに眠れる場所があることなどが必要です。

例えば、毎日窓の外を見て通行人に吠えている犬は安全安心の欲求を満たせていません。通行人達を「自分の縄張りを脅かす危険な存在」と認識して警戒しているわけですから、安全安心とは真逆の状態にあるわけです。
ワンちゃんに安心して生活してもらうためには、犬たちがどのような環境で安心できるのかを知る必要があります。犬たちの生物的特性に合った飼育環境を整えることが、安全安心の欲求を満たす第一歩です。
また、ワンちゃんが寝ている最中に体を撫でるなども論外です。ワンちゃんからすれば、「安眠を妨害された」ことになるので、安心して眠れる環境がないことになってしまいます。
具体的な飼育環境の設定方法はこちら(執筆中)
寝床の設定についてはこちら(執筆中)
②犬のストレスを防ぐ「行動欲求」|遊び・散歩・トレーニングの重要性
2つめは行動欲求です。行動欲求とは、探検したり(匂い嗅ぎなど)、おもちゃで遊んだり(フリスビー・ボール・引っ張りっこなど)、欲しいものを獲得する(飼い主さんからご褒美をもらう)ことへの欲求です。
先ほどストレスがない方がよいと書きましたが、「ストレスがない」ことと「刺激がない」ことは別です。仮に安全な環境で、ご飯も水もトイレも適切に管理出来ていたとしても、一日中ヒマで刺激のない毎日を過ごしていたのでは、逆にストレスが溜まってしまいます。
犬達は、活動するのが大好きです。飼い主さんがワンちゃんと接する時間が短ければ、暇でストレスを感じてしまいます。犬達には、音楽や読書といった暇つぶしの娯楽はありません。ワンちゃんの行動欲求は飼い主さんとの関わりや、日々の刺激の中で少しずつ満たされていきます。飼い主さんが構ってあげている時間が、実は心の安定にもつながるのです。

遊びだけでなく、トレーニングでご褒美をあげることも意識してください。毎日食器でご飯をあげるより、少しでも良いのでトレーニング(オスワリ・フセ・マテ・呼び戻しなど)の報酬として与えた方が、ワンちゃんの満足度が上がると言われています。
遊びやトレーニング、お散歩など、どれか一つに偏るのではなく、バランスよく実行することがワンちゃんの満足度をあげるポイントです。
適切な活動量について
適切な活動量は、犬種や年齢、個性によって異なります。しかし、散歩以外の活動が1日30分にも満たない場合は、どんな犬種でも活動量が少なすぎるといえます。
標準的な活動量の成犬(2歳くらいを想定)の場合、1日にこなしてもらいたい活動は次の通りです。
活動内容 | 活動時間 |
遊び(ボール、引っ張りっこなど) | 5~10分×3 |
基本トレーニング | 5~10分×3 |
各種馴致 | 5~15分×1 |
健康管理(ブラッシング・歯磨きなど) | 5分×2 |
活動的な犬種(ボーダーコリーやコーイケルホンディエなど)の場合は、これだけでは全く足りません。最低でも週に一回は、ディスク競技やアジリティ、ボール投げで思い切り走らせる必要があります。
行動欲求が満たされないとどうなる? ライオンのストレス反応

行動欲求が満たされないと、犬に限らず多くの動物がストレスを抱えます。そのわかりやすい例が、動物園にいるライオンたちの行動です。
皆さんは動物園のライオンが檻の中を目的もなくグルグルと歩き回っているのを見たことはありませんか?実はこの行動はストレス反応(常同行動)といわれています。
野生のライオンは、縄張りに侵入する敵がいないかパトロールしたり、狩りをしたり、子育てをしたりと、やることはたくさんあります。獲物を仕留めても、肉を骨からちぎって食べるという作業が必要です。
ところが動物園のライオンは、敵もおらず、エサは切り分けられた状態で与えられるため、やることがほとんどなく、行動欲求が満たされません。やることがなさ過ぎて暇なのです。
福岡県の大牟田市動物園では、ライオンのエサを「駆除された動物をまるごと1匹与える方法」に変更しただけで、上記の常同行動が減ったという報告があります。少し食事の手間がかかるだけで、ライオンたちのストレス反応に影響が見られたのです。
これは犬にも同じことがいえます。安全で快適な生活を送っていても、毎日が単調で刺激に乏しいと、犬は「吠える」「噛む」「破壊行動をする」といった問題行動を起こしやすくなります。逆に遊びやトレーニングを通じて適度に頭と体を使う機会があれば、ストレス発散になり、行動欲求が満たされやすくなるのです。
「手間がかからない」ことは生き物にとってよいことばかりではありません。むしろ手間がかかることで満足度が上がることがあります。ぜひ日々の生活の中で意識してみてください。
まとめ|犬の欲求を満たすことが問題行動を防ぐしつけの第一歩
安全安心と行動に関して少しでも重要性がご理解いただけたでしょうか?しつけは、犬を変えることばかりではありません。犬の問題行動を防ぐ第一歩は、犬の欲求を満たす環境と習慣を整えることなのです。
自宅の前を通る人に吠え続けてしまう犬は、安心できる環境を得られていない状態です。また、十分な遊びやトレーニングがなければ、犬は刺激不足からストレスを抱え、問題行動に発展してしまいます。
大切なのは、犬が心から安心できる居場所を用意し、散歩や遊び、トレーニングを通じて行動欲求をバランスよく満たすことです。犬種や個性によって必要な運動量や遊びの種類は異なるため、不安があればプロのトレーナーに相談するのも効果的です。無料しつけ相談などを開催している地域もありますので、ご検討ください。
まずは今日からできる小さな工夫として、安心して眠れる場所を整える、散歩を一回増やす、トレーニングを少し取り入れてみるなど、犬の欲求を意識してみましょう。これが、犬のストレスを減らし、問題行動を防ぐしつけの第一歩となります。